
林研究グループ
分子腫瘍学分野
テロメア、老化、腫瘍形成
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テロメア・老化・がん化研究
研究プロジェクト


染色体の「端」は、細胞の運命をどう決めるのか。
ヒトの染色体の両端には、末端を守るキャップ構造「テロメア」があります。この守りが解けると、細胞は分裂を止めるか、死ぬか、まれに染色体が不安定になってがん化への道を歩み始めます。私たちは、テロメアが「守られた状態」と「守りが解けた状態」をどう切り替えるのか、そして染色体の末端が守れなくなってしまったとき細胞に何が起きるのかを調べています。老化とがん化の最初の一歩を、染色体1本ずつのレベルで理解することが目標です。
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テロメアの脱保護スイッチ — 細胞分裂の途中で、細胞が自らテロメアの守りを解く仕組み
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1つの融合、さまざまな運命 — つながってしまった1本の染色体を、生きた細胞の中で追う
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壊れた染色体と免疫 — 染色体の断片は自己免疫源となるのか
研究の背景
テロメア — 開いたり閉じたりするキャップ
テロメアは、TTAGGGという配列の繰り返しDNAと、それに結合する6種類のタンパク質の複合体「シェルタリン」からできています。DNAの末端は折り返して輪(t-loop、図1)を作り、染色体の端がDNA損傷として検知されないように隠しています(Griffith et al. 1999; Doksani et al. 2013)。

図1. ヒトテロメアの構造 テロメアはTTAGGGの繰り返し配列と、そこに結合するシェルタリン複合体からなる。末端の1本鎖部分(3′オーバーハング)が折り返して2本鎖の繰り返し配列に入り込み、t-loopを形成する。この輪が染色体の端をDNA損傷応答から隠している。
ヒトの細胞では、分裂のたびにテロメアが短くなります(Harley et al. 1990)。一部のテロメアが短くなりすぎると、細胞は分裂を不可逆的に止めます(複製老化)。しかし、テロメアを伸ばす酵素テロメラーゼを導入すると、この停止は起こりません(Bodnar et al. 1998)。これを細胞の不死化と言います。一方、テロメラーゼを発現せずに停止の合図を無視して分裂を続けた細胞は「クライシス」に至ります。染色体の末端どうしが融合し、細胞の大半は死にますが、テロメラーゼを再活性化したごく一部の細胞が生き残り、無限に増殖する能力を獲得します(Counter et al. 1992)。クライシスでの細胞死には少なくとも2つの経路があります。テロメア融合による長いM期停止の後に起こる細胞死(Hayashi et al. 2015)と、細胞の自然免疫センサー(ウイルスなどの異物DNAを感知する仕組み)を介して起こるオートファジー(自己消化)依存の細胞死です(Nassour et al. 2019; Nassour et al. 2023)。
これらの細胞の状態を理解する際に、私たちはテロメアを3つの状態で捉えています(図2;Cesare et al. 2013; Hayashi & Cesare 2026)。
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Closed/Capped(保護状態) — T-loopを作り、完全に守られている。
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Intermediate(半保護状態) — T-loopがほどけて損傷シグナルを出すが、融合からは守られている。ゲノムを傷つけずに細胞周期を止められる状態。
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Open/Uncapped(脱保護状態) — 融合に対する守りも失い、他の染色体と融合しうる。
この3つの状態の「切り替わり」に、私たちの問いがあります。

図2. 細胞老化と腫瘍形成におけるテロメア 丸1つがテロメア1か所の長さを表す(1つの細胞の中でも、テロメアの長さはまちまち)。緑:保護状態(closed/capped)。T-loopを作り守られている。橙:半保護状態(intermediate)。短くなって損傷シグナルを出すが、残った繰り返し配列とTRF2により融合からは守られている。シグナルが続くことで複製老化が起こる。赤:脱保護状態(open/uncapped)。繰り返し配列とTRF2を失い、他のDNA末端と融合しうる。DNA損傷応答に欠陥のある細胞は老化を回避してクライシスに入り、染色体融合によって染色体が不安定になり、大半の細胞が死ぬ。テロメラーゼを再活性化したごく一部の細胞がクライシスを抜け出し、無限増殖能を獲得する。
プロジェクト1 細胞分裂停止中の「テロメアのスイッチ」
細胞は通常、分裂期(M期)を速やかに通過します。ところが、タキソールなどの抗がん剤で何時間もM期に留め置かれると、細胞は自ら一部のテロメアの守りを解きます。私たちはこの現象を「M期停止依存的テロメア脱保護(MAD telomere deprotection)」として発見し(Hayashi et al. 2012)、そのスイッチの仕組みを解き明かしてきました。
明らかにしたこと
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M期が長引くと、テロメアに限って損傷シグナルが出る。これは分裂期のリン酸化酵素Aurora B(オーロラB)と損傷センサーATMに依存し、正常な細胞は次の細胞周期で停止する(Hayashi et al. 2012)。
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守りが解けたテロメアは「半保護状態」にあり、損傷シグナルは出すが融合はしない(Cesare et al. 2013)。
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このスイッチは、M期停止を引き起こす抗がん剤による細胞死、テロメアクライシス(図3)、致死的なDNA複製ストレスでの細胞死に寄与する(Hayashi et al. 2015; Masamsetti et al. 2019)。
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経路の全体像:Aurora BがシェルタリンのTRF1とTRF2に印(リン酸化)を付け、BLM–TOP3A–RMI酵素複合体がテロメアを短くすることなくT-loopをほどく(Romero-Zamora et al. 2025)。
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ブレーキ役:早老症ウェルナー症候群の原因タンパク質WRNの一部の領域が、酵素活性を使わずにこのスイッチを抑えている(Romero-Zamora & Hayashi 2023)。

図3. テロメアクライシスにおける細胞死に至る経路の一つ テロメア融合が、紡錘体チェックポイント(染色体を正しく分配するための品質管理機構)に依存した長いM期停止を引き起こす(原因は現在解析中)。この停止がM期テロメア脱保護を誘導し、M期中または次の細胞周期での細胞死につながる。クライシスでは、自然免疫シグナルを介したオートファジー依存の細胞死という別の経路も報告されている。これらが互いに関連するのか、全く独立の経路なのかは不明。
いま問うていること
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細胞はなぜ、自らテロメアの守りを解く仕組みを進化させたのか。私たちは2つの仮説を提案しています。M期の長さに上限を設ける「M期タイマー」仮説と、絡まった姉妹テロメアをほどく役割を担うという仮説です(Hayashi & Cesare 2026)。
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このスイッチを調節すれば、抗がん剤をより効かせられるのか。
プロジェクト2 単一の染色体融合の運命
染色体の融合はテロメアクライシスの特徴ですが、多くの細胞ではランダムな場所・タイミングで起こるため、その後の影響を追うことが困難でした。そこで私たちは、決まった1か所の融合を起こし、それを持つ細胞だけが光る仕組み、Fusion Visualization syste (FuVis)を作りました。
明らかにしたこと
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FuVis(Fusion Visualization、図4):ヒト大腸がん細胞(HCT116)のX染色体の末端近くにレポーターを組み込んだ系。ゲノム編集酵素Cas9で切断したとき、姉妹染色分体(複製でできた2本の同じ染色体)の末端どうしがつながった場合にだけ黄色の蛍光タンパク質が光る(Kagaya et al. 2020)。
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姉妹染色分体の融合がたった1つ起きるだけで、セントロメアを持たないX染色体の断片や、微小核(はぐれた染色体の断片を包む小さな核)が生じた。融合は微小核ができる確率を約10倍に高め、微小核を持つ細胞では次の細胞周期が約2.3倍に延びた(Kagaya et al. 2020)。
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FuVis2:同じ細胞にもう1色の内部対照を加え、DNA切断そのものの影響と融合の影響を区別できるようにした(Sato & Hayashi 2024)。

図4. FuVisシステム HCT116細胞のX染色体短腕の末端近く(Xpサブテロメア)にレポーターカセットを組み込んだ。黄色蛍光タンパク質(mCitrine)の遺伝子は2つに分割されており、前半はプロモーターから転写されてスプライシングによりネオマイシン耐性遺伝子につながる。後半はその上流に逆向きに置かれている。カセットを持つ細胞は薬剤耐性を示すが光らない。Cas9でカセットを切断すると、多くの場合は切断箇所が小さな変異を伴って修復される。しかしまれに2本の姉妹染色分体が融合するとmCitrineの前半と後半がそろい、スプライシングによって完全な蛍光タンパク質が作られる。この姉妹染色分体融合を持つ細胞だけが光る。
いま問うていること
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たった1つの融合が、修復、染色体の断片化、細胞死といった多様な結末をどう生み出すのか。
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FuVisを拡張し、その他の染色体異常のレポーターに応用できるか。
プロジェクト3 壊れた染色体が免疫を呼び覚ますとき
細胞には、本来ウイルスなどの外来DNAを検知する警報装置「cGAS/STING経路」があります。他のグループの研究から、cGASは自分自身のDNA由来の微小核にも集まることが示され、微小核は炎症を引き起こす「自己DNA」の主要な供給源だと考えられてきました。私たちはFuVis2を使い、1つの融合から生まれた微小核を生きた細胞で追跡して、この考えを検証しました。
明らかにしたこと(Sato & Hayashi 2024)
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cGASが微小核を捉えるのは主に分裂期、核膜が崩壊するときで、間期にはまれだった。
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この捕捉は、STINGやその下流の免疫関連遺伝子を活性化しなかった。
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低線量の放射線照射後のSTING活性化は微小核とは無関係で、チャネルタンパク質VDAC1を介してミトコンドリアから放出されるDNAに依存していた。
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結論:この細胞では、微小核はcGAS/STINGの強い引き金ではない(ヒトがん細胞株HCT116での結果)。
いま問うていること
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微小核でないとすれば、染色体に由来するどのようなDNAが細胞の免疫を呼び覚ますのか。それはがんや老化にとって何を意味するのか。
研究室のルーツ — 林は博士課程で分裂酵母の全ゲノムの複製開始点を同定し、ヘテロクロマチンタンパク質Swi6/HP1が複製開始点を活性化することを示しました(Hayashi et al. 2007; Hayashi et al. 2009)。
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研究対象
テロメア
がん化
染色体
細胞周期
遺伝子編集
